一日一つ、変わってく

上京して働く読書好きのITエンジニア24歳が日々を豊かにするために考察

社会人になり、見ているアニメ達をどう棚卸ししていいかわからない

今月からクラナドを見始めたけど、感想や気持ちをどこに吐き出せばいいのか

今、アニメはホントに身近な娯楽になった。

各種ストリーミングサービスが発達し、いつでもどこでも、好きなアニメが見られるようになった。

もともと、高校生時代から、毎朝とりだめたアニメを一本見ながら朝食を採るのが僕の習慣だったけど

よりいろんな豊富なタイミングでアニメが見られるようになった。

スマートフォンで移動中に見ることができるし、

何かの休憩と思って、ベッドに寝ころびながら見ることもできてしまう。

しかも、ストリーミングサービスは、「あともう一話」を見させるための仕掛けが良くできているせいで

テレビよりも、見ている時間が長くなりがちだ。きゃつらストリーミングサービス会社は、一分一秒でも長く、自分たちのサービスに時間を使わせようとする...

そんな中で、日本人にとって、「アニメを視聴する」ということがこれほど手軽に、何度もできることはない、という時代に来てしまった。

そこで僕は今「見たアニメ達について棚卸ししきれない、その方法がわからない」という問題に直面している。

昔、学校に通っているときまでは良かった。大学生までは、夕方アニメの話題を交わすことで、お互いにその感想や意見を発散できるから。

「昨日の結界師見た??」「アイシールドのヒル魔さぁ..」といった具合に。学校みたいなゆるやかな関係だと、アニメを見ているもの同士って自然と惹かれあうというか。そうやってお互いの感想や意見を交換し合うのって楽しいよね。

ただ、上京して社会人になってからは、職場の連中とそんな会話はない。僕の務めている人材企業は、人材サービスという性質上、仕事上生き急いでいる人が多い。体育会系の方もわりと多いし、あんまりそういう話題にならない。というか、趣味の探り合いの話とかしない。しても、ものすごく浅い範囲で終わってしまう。

あぁ、どんなに楽だろう、「この会社の中にCLANNADを見たことがある方はいますか?今、僕CLANNADを見始めたところなんです。CLANNADと人生について語りませんか」なんて言えたら。

勤務時間中、互いの趣味の話をする余裕などない。学生という身分であれば、勉強の合間にそういう話はいくらでもできたから。
つまり、社会人になって、「所属コミュニティにアニメについて話せる人がいる」がという状態ではなくなってしまったんだよね。

だから、棚卸しに困ってしまった。働き始めても、アニメの見る量自体はそんなに減ってないが、実際口にして語る時間が明らかに減っているので、なんだか、気持ちが悪くなってきたんだ。

棚卸し、とはどういうことか


まず前提として、アニメの価値は、視聴している状態がまずそれだけ幸福、ということはあるんだけど。
ただ、それだけだとどうしてもファストフード的、というか。せっかく人が思いを込めてつくったものを、あんまり、自分への変化や蓄積のないインプットにしてしまうのは、なんだか寂しくて。

そのアニメを見て思ったことや、感じたことについて語りたいと思うんだよね。
そういうことをしないと、ホントに、ただアニメの目的は「23分間アニメーションを視聴する暇つぶし」というようなものになってしまう気がして。

それは嫌なんだよな。たくさんのアニメが作られる時代にはなったけども、
必ず、多くの人がかかわって、作った作品であって。

アニメをただ、見ることだけれすればいって思って、言葉にすることをおろそかにするのは、とても寂しいと思うから。
見て思ったことや感想を、口にだすことで、初めて作り手の人たちとつながれれる。

「あの子がかわいい!」とか「あのシーンはしびれたよな!」といって言葉にすることで、「かわいいものってなんだ」「しびれるくらいってかっこいいってなんだ」ってことへの理解が深まる。

アニメを見て起きた、自分への感情の機微をきちんと捉え、表現していくうちに
少しずつ、自分という人間への理解、社会への理解が深まっていくと思うんだ。

ただ、意識的にそれを行っていかないと、ホントにアニメをただの暇つぶしにしてしまうのかな、と。

どんな棚卸しの方法があるのか

考えられるアニメの棚卸し方法としては、以下のようなものがあるだろう。

①実況に参加する
②ブログで視聴感想記録をのこす
③アニメレビューサイトに記録を残していく
④友人と語る
Twitterで感想をつぶやく


①の実況に参加する
これは、時間が厳しいものがある。僕はどうしても習慣上、「ながら視聴」でなければきちんと見る時間を捻出しづらい。ほんとに純粋にアニメを見ることしかしていない時間、というのはあまり作っていない。

②ブログで視聴感想記録をのこすというのは憧れの手法だ。アニメという、ビジュアル重視のコンテンツを、言葉で再表現する、かつ周りに伝わるように表現できる、というのはすごいことだ。具体的に感想を残すとすれば、一話ごと、というのはそんなに現実的じゃないので、クールごと、視聴ごと、というようになるだろうか。

具体的には、下記のブログのようなイメージだ。

honeshabri.hatenablog.com


僕の中の、アニメ感想記事トップランナー骨しゃぶりさん。この人のように、自分のバックグラウンドと紐づけて面白く知的に評論ができたらどんなに楽しいだろう。

こんな質と量を兼ね備えた文章、とてもじゃないが、習慣的に行う「自分のアニメの棚卸し手法」として行うのは難しいかな、と思っていた。

ただ、骨しゃぶりさん、記事執筆に時間が充てられるのはほとんど土日ぐらいらしい。それでこれだけのブログを運営されているとは..。

それなら、僕にも、努力していけばできるかも。

③アニメレビューサイトに記録を残していく

アニメの感想登録サイトに、記録を残していく、これも一つのよい手法だろう。
ただ、今のところ、使いたくなるアニメレビューサイトがないんだよな。

レビューサイトであれば、あにこれが一番みやすいかなぁ。
www.anikore.jp

あにこれのランキング機能は、見たいアニメを決めるに有用な機能だ。
あと、本棚も結構いい。
「これまでどんな作品を見てきたんだっけ?」と振り返るときに、かなり便利な機能だ。視覚的に一瞬で振り替えられるからね。

ただ、レビューサイトは、どうしてもその個人への信頼蓄積がない、というのが寂しい点。どれだけしっかりとしたレビューを書いても、その名声は、そのサイトでしかほとんど通じないという欠点がある。
その観点では、ブログ執筆の方が、蓄積もあって、いいのかな、モチベが保てそうな気がする、とも思ったり。


④友人と語る

これが一番手軽かつ、結構なアウトプットになる手法。ぜひそんな友人が身近にいたらいいのだが...今のところいないので、実践が難しい状況。

Twitterでつぶやく

ブログ執筆ほどではないが、思ったことについて述べるには充分だろう。スマホからの投稿もしやすいし。どういったフォーマットでするかは決めていない。ほんとに、純粋に、つぶやきたいな、と思った時に呟くのが大事。」


「どうやってこの作品を自分の中に棚卸しするか」という問いをもって作品を視聴するべし


結論として、どんな手法で棚卸しするか、決まったわけではない。
ただ、この問いを抱えながら、アニメを見ていくことで、思考が進んでいくと思う。

「はじめて考えるときのように」という本には、エッセイタッチで、考えるとは、つまるところどんな行為なのか、いろいろ記載されているのだけど。



この本によれば、つまるところ、考えるということは、問いを抱え続ける、ということだ。同じ話を聞いても、自分の中に、どんなことに答えを出したいかが、違っていれば、感が方、答えの出し方は変わってくるのだ。

ひとまず、「どうやってアニメを見た感想を共有しようか」というゆるい問を持ち続けながら、今後もアニメ視聴を行っていきたい。

「どうしようかな」という意識さえ持ち続ければ、あとは時間によって

自分に合った棚卸し手法が定まっていくのではないだろうか