一日一つ、変わってく

上京して働く読書好きのITエンジニア24歳が日々を豊かにするために考察

仕事の愚痴をしっかり言うと、仕事に前向きになれる

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"デキるビジネスパーソンは、仕事の愚痴を言わない。" "常にポジティブに、ものを考えよう。マイナス面に目を向けても仕方ない"

"仕事が大変だとか、辛いとか言っても仕方がない。自分の変えられることだけ考えよう”

みたいな言説ってよく聞くじゃないですか。

でも、案外そうでもないな、って思うんです。むしろ、しっかり仕事について思うところや辛いと思うところを、発散するのが大事なんじゃないかと。

僕は2019年の4月に新卒入社して。新入社員だから当たり前ですけど、働くってつらいし、自社のサービスにそんなに誇りだってもてないし、労働時間もまぁまぁ長いし、って。キツいなぁ、大変だなって思っております。

そういう中で、GW中、知人にたくさん会って。会う人会う人に「仕事大変です。テレアポは楽じゃないです。」「うちのサービスってもう、どうしようもないくらい競合ひしめいていて。そんな中で、わざわざお客様の時間とって電話かける意味ってあるんですかね」みたいな、仕事って大変だーって話をずっとしてたんですよ。

そうすると、途中から、気が変わってきて。

GW中、5回ぐらい「~が大変なんですよ~」って言っている自分。「あぁ、また俺テレアポが大変なんです」とか「人材広告って商材、誇りが持てないです」みたいな話してるなぁって。何回自分この話してんねん、って思うんです。もう、さすがにそこまで大変大変、キツイキツイキツイ、って言わんでええやろって。

で、会う人会う人がしっかり同情してくれるし。「うわーまじで。大変だねー。」「うちも大変だけど、そこまでじゃないわー。なんか、そっちの話を聞いてると、こっちも頑張んないとな、って思える。」って言ってくれるんですよね。仕事の大変に共感してもらちゃったし。毎回毎回会う人会う人に同情されて、おれかまってちゃんかよ。みたいに、自分にツッコミを入れたくなってくる。

そうすると、あれだけつらかったのが、不思議。もう愚痴なんて言わなくていいな、という気分になる。

それよりもう、仕事について話すなら違う角度で話したいな~と。どう今の仕事を面白がってくか。今の仕事が大変なのは分かったから。それをどう進めていくか、未来の目的とか、目標とか、そういう話をしていこう、そういう気分になってるんですよねー。

それは、やっぱり仕事について「大変なこと」「100%納得がいかないこと」っていう、マイナスな気持ちや意見をしっかり吐き出したからで。そういう気分の感情を、会話によって整理できたから、ポジティブ面に目を向ける余裕ができた。「もう、どれだけ言っても仕方ないでしょ」という気分になれた。

カスタマーサポートに愚痴を聞いてもらってる、客の気分みたいな。
とにかく気持ちを聞いてほしくて、発散したくて。で、その気持ちが吐き出せれば、満足げに、またその商品のことを使い始める。

人は、皆、自分の仕事にもクレーム入れたいんですよ。そのクレームを言いたい気持ちをため込んでしまうと、色んな所に膿が出てきて、精神的に不幸になるんですよ。

だから、社外にたくさん友人を作って。自分の会社用のカスタマーサポートになってくれるような、お互いそういう存在でいられるような付き合いをして。きちんと、おかしいと思うところ、マイナス感情を発散できる環境を作る。

そういう気持ちを外に押し出せるから、ポジティブなことも考える余裕が出てくるんですよ。

下手に自分をごまかして、辛い仕事にポジティブな意味づけをするよりも、まずはしっかり「辛くて大変なんだよー」っていうことを、声を上げて言うことが、心にとっては大切なんでしょうね。

もちろん、社内の中同士で言っていると、愚痴を聞くのではなく、知り合いの悪口を聞くベースになって負担になっちゃうので。

会社に無関係な人同士で、きちんと『お互い、大変だね』って言い合える関係を創っていきたいですよね。

自分が年老いた後のことを地に足ついて考えるのはムリ

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自分が年老いた後のこと
今日帰省した折に、久しぶりにばあちゃんの家に行ってさ。一人で。一人でばあちゃんの家にいったのは初めてだな。

いろんな話を聞いてて、途中でばあちゃんがなったガンの話になった。

ばあちゃんは3年前ぐらいから、身体のいろんなとこがガンになって。転移もしていて、ついに手術もできない、ってことになった。今後は、抗がん剤で、ガンの進行を抑える、って治療方針になった。


80近くまで生きてきたらしいけど、やっぱりガンになって、人生観が変わったんだって。


ガンになって、精神的にも、身体的にも辛くて。ずっとキツい思いをしていたんだと。


なんでこんなにつらいんだろう、キツいんだろうって思って。寝ていた時、あるときハッと目が覚めて気づいたんだって。

「あぁ、私、生きたいんだ。だから、つらいんだなぁ。」って。


生きたいからこそ、辛いって、分かってからは、ちょっと前向きになれたんだと。

80近くなるまでは、こんな歳まで生きるとか、生きたいとか思ったこともなかったと。

ただ、80歳になっても、予想より10歳ぐらいは全然若い気分だって。ハッキリ、死が怖いって。

生きたいなら、毎日寿命だと思って、感謝して生きようって。だから、あなたも、思いっきり好きなことやって、人生楽しみな、って言われた。

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今が無茶苦茶に惜しいと思える幸せ「だらだらすること」

久しぶりに、だらだらした。体も元気なはずなのに、ダラダラした。

昨夜も、24時ぐらいにベッドに入ったのに、アマゾンプライムで「アイ アム ア ヒーロー」をみた。なぜかサメの生態ドキュメントも見た。寝たのは27時ぐらい

で、朝起きて、10時ぐらいに仕事の電話を済ませてから、そっからもすーぱーだらだらよ。

体は元気なのに、ずっと動画サイトにかじりつき。ゴブリンスレイヤーにニンジャスレイヤーの声を当てたっていう、ぜったい面白いコンセプトの動画見ると、このゴブリンスレイヤーってアニメ見たこと無いのに、やっぱり面白い。

で、ゴブリンスレイヤーってアニメが気になった。そっから、放送されてる6話まで全部見て。あ、からくりサーカスの最新話も見たっけ。

朝飯も、自分では作っていない。実家に住んでいるから、母上に作っていただいている。

いつまで、こんなことが、続けられるのだろう。と思ってしまうような、平日における、超背徳的な、堕落的な時間の使い方。THE実家の大学生。ニート

もちろん、自分のせっかちで、意識高い志向性を踏まえると、こんな生活が、一年も続くってきいたら、そりゃ嫌なもんなんだろう。

実はここ4日間も、11月12日(月)にミャンマーから帰ってきてばかり、ダラダラしてたんだけど。だから、今日の朝起きてから、15:30くらいまでのダラダラは、そのその延長線上に無いとも言えないんだけど。

まぁ、その実の時間は、大学でのプレゼン作成と発表控えてたり、インタビューが控えてたり、風邪をひいてたりして、そんなにリラックスできていなかったのかもしれない。行動的にはダラダラしているんだけど、脳天にタスクがよぎっているから、真にリラックスできていないのだろう。

今日はだらだらしちまったが、なんとなく、その時間の使い方に後悔が無いレベルで、QOL高かったんだよな。

多分、以下のような要素が影響してる。

「脳を占拠するような締切タスクが無い」×「体が健康」×「平日で他の大人たちは仕事に出ている」×「朝飯を自分で作らずに作って頂いている」×「逃避的にではなく意図的にダラ」×「ダラダラするために使ったコンテンツが面白かった」=最高級のダラダラ

と推察する。
まじで、働きたくねーと思ったし、学生っていう身分ありがてぇと思ったし、今の時間が、相対的に、未来の、立派な社会人生活よりも、幸せなんだろうと思えた。

それって、よく考えると、すごくいい時間の使い方じゃぁないか。今まで、そういう、動画ばっかり見たりする時間の使い方、結構後悔してたけどさ。

未来の生活が悔やむほど、今の生活がいいと思える。そんなふうに思えることって、そんなに無い。修学旅行とか、子どもん時友達の家に泊まりに行った時ぐらいだろう。

そのレベルでの、今の時間の惜しさを実感できたことが、やっぱり、仕事をしているときとか、本を読んでいる時とかではなく、結局、「だらだらしている」っていうのがさ、いい感じに気持ち悪く、自分の浅ましさが見えて、いいんだよな。自分の中の数ある出来事の中で、結局、トップレベルに気持ちいいことが「だらだら」であるっていう。

とすると、普段の生活と、だらだらの生活の、目的が入れ替わるんだよな。いっちばん高い効用を刻むのが「だらだら」である以上、むしろ、こっちの方に、軸をおいて、普段の生活を考えてもいいんじゃないか。
つまり、普段の仕事は、だらだらの喜びを、あげるためにこそ、やっているんじゃないかってこと。

どんだけだらだらが好きなひとだって、毎日やってたら、嫌気がさしてくる。限界効用逓減の法則。

だからこそ、生活の中における、儚いダラダラを、その輝きをより作るために、働いているのかもしれぬ。普段、まじめくさって、真剣に学んで、考えて、働いているときこそ、だらだらが、輝く。

たまにジャンク的な時間の使い方をするのも悪くない

結局のところ、ゲーム実況が好きで、アニメが好きで、だらだらするのが好き。

自分という人間の、一貫性のなさにはびっくりする。人間、そのときの気分で志向性変わりまくり。

家族円満生活を続けたければ、食事中にテレビを点けるのをやめよう。会話がどんどん下手になる。

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はじめにー食事中のテレビによって家族の円満度が下げられている仮説

あなたにとって、大切な時間はなんだろうか。

ゲーム、アニメ、スポーツ観戦、読書、色々あるだろう。仕事!という、エネルギッシュな人もいるかもしれない。

ただ、万人にとって大切なことがあると思う。

それは、「会話」である。

我々は、皆、気の合う友人と会って話すのが大好きな生き物だ。

毎週金曜日の夜はビジネスパーソンは居酒屋に集まる。休日に女性たちはカフェに集まる。その場所が目的ではなく、気の合う友人と話をするために、お金を払っている。それほど、我々は会話が好きな生き物だ。

ただ、それが、最も長い時間を一緒にする人達ーすなわち「家族」と、そういった会話ができているだろうか。

多くの家庭が、食事中はテレビを点け、それを中心として場を持たせていくと思う。

ただ、振り返ってみると、我々は仲がよい人達と会って話すときなどは、テレビなど必要としない。純粋に、相手の興味、自分の興味を話して楽しんでいるだろう。もしテレビなどがあれば、邪魔だと考えるに違いない。

ではなぜ、食事中にテレビを点けるのか。それは、目の前の人間関係構築をさぼりたいからだろう。相手と向き合うのは大変なので、其の場をテレビを使ってやり過ごしているのだと思う。

テレビによって、会話しなくても一時的にその場は持ってしまう。しかし、それにより、どんどん家族の円満度は下がり、日々のストレスは増していく...。それは、ひいては大きなすれ違いに発展するかもしれない...。

私は、家庭において、食事中はテレビを見る習慣は止めて、目の前を人間を大切に、会話をしていくべきだと考えている。

その結論にいたった理由を述べていきたい。

家族だからこそ、良好な人間関係を築くための努力が必要

あなたが一緒にいたいと思える人を思い浮かべてほしい。どうしてあなたはその人が好きなのだろうか。その大きな理由は「話していて楽しいこと」だろう。年に必ず数回は会うその人は、あなた心の解きほぐし、言いたいことを言わせてくれる、素敵な方だろう。

その点、家族は「話していて楽しい人」とは限らない。家族は楽しいかどうかで選べるわけではない。

最初は楽しくて結婚した夫婦だったとしても、それはその時は恋愛感情が勝っていたからで、真の意味で相互理解はそもそもできていなかったということもある。一緒の家で暮らして上手くいくということと、恋愛的に魅力であることは全くの別の要素が必要だったというやつだ。

子どもと親の関係性も簡単ではない。子供と親は「家族」という関係性において繋がっているのであり、友人のように「意識せずとも仲良くいった」から始まるものではない。もちろん、血がつながっているから色々感性や気が合う、というような単純な関係ではない。

ビジネスや仲間づきあいは、ある程度自分の好みでコントロール出来るのに対し、家族との関係は、「家族」という関係性によって固定されている。だからこそ、イージーモードで相性の良い家族もいれば、「なんや、こいつ、まじで、話が分からん、ヤツやな」といような、気づいたらハードモード固定ということもあるのである。

人間はそもそも当たり前のことに感謝し配慮しづらいということもあるだろう。水が豊富な日本では、水不足に苦しむアフリカのように、水に感謝することができない。
家族も、その存在が当たり前過ぎる一面がある。その関係性に甘えてしまい、互いに相手を思いやる配慮が欠けがちになるのではないかと思う。
例えば、親が子どもの気持ちも聞かずに「○○しなさい」と命令したとする。これは、親子関係にあぐらをかいた安易なコミュニケーションの典型例だ。「自分は親であるから、長く生きてるから、子どもより正しいし、子供の間違った面は、自分が直してやらねばならないという」エゴがある。いつの間にか相手を思いやる思考をさぼっている。

繰り返すが、良好な家族関係の原則は、良好な友人関係や仕事仲間の関係と原則と変わらない。相手のことを思いやり、どれだけ相手を気持ちよくできるかが大切なのだ。

したがって、家族だからこそ「この人と良好な関係性を築こう」という姿勢が必要なのだ。

その姿勢、きちんと人間関係を築く勇気を持つことがまず肝要である。そして、勇気を持って、日常的に、半ば強制的に、会話をし、人間関係を共に作り上げていく仕掛けを増やしていくのが重要である。そこで、提案したいのは「食事中にテレビを点けないこと」だ。

そもそも、人間関係を築く時間は食事の時くらいしかない

人間が相互に深い理解をしていくためには、ある程度会話をし続けなければならない。相手がどんな経験をしたか、考えたか、きちんと聞いて、共感的な言葉を示すことによって、初めて信頼なり、喜びなりを感じ取ることができる。

例えば、ものすごく面白い映画を見たので、そのことについて話したくなったとしよう。映画を紹介するまでに、何度か話のキャッチボールを繰り返す必要があるか。

「この間、インド映画みたんだよね」

「へぇ、インド映画かぁ、珍しいね」

「そうそう!なんか、巷で話題にあがってたんだよね~、普段そんなの見ないけど、やたら色んな所で聞くから、気になってさ」

「え!!そんな流行ってる映画あるの! しかもインドのやつでか。ちなみに、どんな映画なの?」

「バーフバリっていう王子が、悪の兄貴に復讐を果たすまでの道のりを、超絶スケールで描く物語でね...」

というように、最低3回はキャッチボールを繰り返す必要があることがわかる。これが、意外と家族では難しいことなのではないかと思う。全く必要は無いものの、純粋に相手に興味を持って、リアクションをし、話を促し続けるというのは、事務的な会話がその空気を支配する家族的関係では、なんとなく機会を見つけてやるというのは結構難関なのだ。そういうノリの会話を、旦那や奥さんや、アナタの両親や、子どもに対して、自然にできると、自信を持って言えるだろうか。

家に自分の部屋のようなものがあると、家族同士は家にいてもそもそも同じ空間にはいないから、そもそも話す機会がない。しかも、往々にして、自分が話したいことは、絶対に必要性があるわけではないから、わざわざ相手の作業を中止させて話に行くとか、なんだか恥ずかしい(くだらない会話こそが良好な人間関係の源泉なのだが)。やはり、とりとめも無いことを自然とそこそこ深掘りする空間というのは、食事という機会しか無いのである。

もちろん、事務的な会話は、会話本来の意義(共感や信頼構築)を代替しない。言うまでもないこともしれないが、

「トイレットペーパーどこにある?」

「廊下横のロッカー。」

とか

「ここの部屋、一体いつになったら片付けるの?」

「明日やるよ。」

といった事務的な会話では、何も心は動かない。これはただの情報の交換だ。

本質的に相手に興味を示して、質問をし、話を促す、そしてしっかりと聞く、そういった手順を踏まなければ、我々人間は滅多に仲良くなることのできるものではない。
そもそも、事務的な話は相手を楽しませるために始まるわけでもないから、事務的情報の交換で終わり、その後広がる余地がない。我々は、ある程度時間をかけてちゃんと相手と向き合い会話しなければならない。

お互いが顔を合わせて話す機会は食事の時しかない

食事以外の会話のシーンとしては、車で送り迎える最中とか、買い物などが上げられると思う。ただ、相互理解を深める上でこれらのシーンは物足りないと思う。「相手の顔をじっくり見られない」からだ。

相手と顔を突き合わせて会話すれば、相手の反応を確認せざるを得なくなる。あまりに、相手の反応がよくなければ、そういったことは家族間であれば表情に出やすいから、どれだけ無頓着で合っても、自分の会話への評価に向き合わざるを得なくなる。走行中の風景や家事についての話題に逃げず、相手に焦点を当て、会話をするための環境としては、やはり食事の時間がベストだろう。

例外的に、食事以外の場でうまく行っているケースもあるかもしれない。趣味が合うとか、人間関係構築への意識が高い家族であれば、定例的に一緒に外にでて、バーベキューをするとか、スポーツをするとかして、趣味の時間で顔を合わせて付き合う時間を作っているのかもしれない。

ただ、そのような意識の高い家族は心配ない。私が心配するのは、もっと標準的な家族だ。家族間で趣味はバラバラ。会話の中心は事務的なもの。家族間の仲はまぁ普通かそれ以下。そういった家庭にこそ、食事中はテレビを付けず、相手に向き合う勇気が必要なのだと思う。標準的に日本家庭がよくない習慣を採用しているからこそ、危惧すべき事態なのである。

テレビが点いていると会話がドンドン下手になる

テレビが怖いのは、自分の会話が上手くいっているか察知する感覚をマヒさせてしまうことだ。テレビというのは、流しているだけで、明るいBGM、やたらテンションが高い人の会話が流れてくるものだから、その場はなんとか持ってしまう。実際のその場は、まともな会話ー相手への理解を深めようとする質問や、リアクションが出来ていないレベルなのに、自覚できない。意識せずに、テレビの表面上の賑やかさ頼って、その場をやりすごしてしまう。

もし、会話がうまくいっていない時、テレビが無ければ、会話のキャッチボールが上手くいかなかったことに気づくかもしれない。表面的な質問と会話に終始した瞬間に『あれ?んー、なんか会話が、続かない...。』『なんか○○、今日はテンション低かったかも?』と、現状の問題を認識することが出来る。その空間にテレビはなく、明確な情報を発しているのは相手しかいないからだ。目に入って脳が認識する情報は、相手の表情と声が中心になるわけだ。そうすれば、客観的に自分の会話の仕方をふりかえり、例えば「あー、自分の話してばっかだったかも」とか「○○、何か話したいことがあったのかもしれないなぁ」と次のよりよい会話に繋げることができる。

しかし、明らかなテイタラクな会話をしたとしても、テレビがあれば、会話がないときは自分の関心をテレビに移し、相手に注目しないで済む。テレビがあれば、食事中も、終わった後も相手に注目しなくてもよいから、自分のつまらない会話っぷりに気づかない。相手が心の中で「...そんなくだらない質問ばかり?もっと私に(俺に)ついて質問してくれないの?」と感じて、その表情を暗くしていても、バラエティ番組のVTRを見るのに必死で、気づかないのだ。関心はテレビに向いているからだ。テレビがあると、相手の顔を見る時間も少なくなる。相手の顔を見ていれば、会話がうまくいっているか測ることができるのに、そこから逃げることを可能してしまう。

そして、テレビを軸にした会話は思考を短縮させ、短絡的な話しかできない人にしていく危険もあると思う。

本来、建設的で心地よい会話は「相手が何を話したいのかをよく考え、観察し、色んな質問、話題をふっていくこと」から始まると思う。論理的なアタマと相手を思いやるココロの両方を使う、人間の高尚な営みだ。このような会話を繰り返してこそ、人は「あぁ、分かってくれたなぁ」という、会話のゴールテープを切りに行ける。

しかし、テレビが点いていると、会話における短絡的な振る舞いが助長される。
テレビがあると、目の前に人には興味を示さず「あぁ~あの芸能人って浮気してたんだぁ」とか「wwww 〇〇ほんま面白い」とかいって、あったことの無い人物について、単発的な言葉を述べるだけの行いが正当化される。このようなアウトプットは非常に直情的なもので済む。これが習慣化すると、まずい会話の仕方が染み付くきっかけになるのではないか。この際、「目の前の相手はどんなことを話したいんだろう」というように、相手の立場にたって考える必要はない。テレビのシーンについて、ツッコミをいれればOK。深く考えなくてもいいし、思いついたことをポンポンというだけで良い。このような行為は、相手の関心に寄せてものを考える力を奪うものだ。テレビが点いていれば、「自分が思ったことを口にするだけ」で場が持つ。


これがもっと悪い方向に加速すると、「○○はアホやなぁ。ちっともわかってないね!」とか「浮気をするなんてなんて酷い人やろう。最悪。」というような、勝手に他者をラベリングをするような思考や発言が増えてくる。行動は起こさないけど、批評は達者の人材が出来上がってしまう。

蛇足だが、テレビ製作者は最近、クレーマーの発言によって、どんどん肩身が狭くなっているという。私に言わせれば、至極当然といったところである。テレビの一方的なコミュニケーションの仕方では、意識して抵抗していないと、どんどん人を批判的な人材に育てていくと思う。とどのつまり、テレビを好きな人がクレーマーになるし、クレーマーのような一方通行型コミュニケーションの人ほど、テレビが好きになるのだ。

テレビが視聴者に促すコミュニケーションには、そういった危うい側面が潜んでいると思う。テレビはあくまで離れた存在でしかないから、テレビを軸に会話しようとすることは、人間的に怠惰なコミュニケーションの仕方(相手を理解しょうとしない)を助長していく可能性があると考える。

そして、テレビを軸にした会話はつまらない。

目の前に人がいるのに、其の人に関心を示さず、赤の他人の芸能人について「Daigoは、お金持ちなんやなぁ」とか述べるのを、聞いたって面白くないだろう。そういうのは会話ではなく、喋っているだけだといいたい。

人間というのは、「話題と関心の中心が自分に向いてほしい」と強く願っている。自分に焦点を当てられ、話を聞いてもらえることに、大きな幸せを覚えると思う。だが、テレビがついていれば、会話の中心にいるのはテレビの出演者であって、会話の当事者たちではなくなってしまう。そんな人達について、断片的な情報だけで憶測を話して、何が面白いのか、個人的にはよく分からない。

終わりにーそもそも、そんなにテレビを見ることって大事か?

食事中にテレビを見ることは、目の前の相手に興味を示して、会話によって相互の理解を深め、共感しあうことよりも、大事なのだろうか。私はそうではないと考える。私達の人生はテレビの中にあるわけではない。うがった言い方をすれば、あまりにも、テレビがあることが当たり前だという宣伝広告に、我々の文化は犯されすぎていると思う。

特に、ゴールデンタイムに放映しているような内容はどれも一般化しすぎて、個人個人の人生の軸にはならないような、あたりさわりの内容ばかり。大きな発見を得ることも無い。

まずは、目の前の人に関心を示してみないか。

人は、皆孤独が嫌な生き物だ。誰もが自分の話を聞いてほしいと思っているし、共感を示してほしいと思っている。だから、話を聞いてもらえることにまさる喜びは、そうそう無いだろう。

そういった、当たり前の幸せを、家族というコミュニティで当たり前に充足させられている社会になれば、もっと、なんというか、心の豊かさが底上げさせられると思う。食事というのは、そういった、人と人がつながる喜びを覚える貴重なチャンスである。多くの家庭で、ご飯の最中に、互いに関心を寄せ合って話をする社会になれば、数%は心が豊かになるのではないかと思う。

直接会ったこともない人達が、どっか旅をしていたり、クイズに答えてたり、罵りあってたりする様子を見ているよりは、
目の前の人間に話を聞き、そして目の前の人間に話をする、そういった当たり前の事実が、我々の社会の幸せを形作るはずだ。

自分の幸せは何だろうか?人気企業を志望する前に考えてみよう「持たない幸福論」【書評】

記事のアウトライン

  1. イントロ
  2. 本の概要
  3. 本の要約
    1. はじめに
    2. 働きたくない
    3. 家族を作らない
    4. お金に縛られない
    5. 居場所の作り方
    6. 本書のまとめ
    • 本書のメインメッセージ
  4. 本の感想
    1. この本の面白い部分
    2. 本を読んで考えたこと
  5. どんな人におすすめか

①イントロ

自分の幸せってなんだろう。3年後、10年後にどういう風になっていたいんだろう。僕の友人たちは今、就職活動の真っただなか。彼らには、「とりあえず人気企業にエントリー」を重ねる前に、自分の理想のライフスタイルを考え抜いてほしいなと思います。「持たない幸福論」は、未来の幸せを考えるうえで良質なインプットとなるでしょう。

②本の概要

京大卒ニートphaさん*1による幸福論。自身の体験や名著のメッセージをサポートにして、「持たない」生き方を説いています。「働いて、お金を稼いで、家族を作って」という「普通」なことだけが人の幸せじゃない。自分の価値観を大切にして生きる考え方を、自身の体験談や他の本の引用を通じて書いています。「人は何をしていると幸せなのか」を考えぬいたphaさんによる洞察は本質をついていながらも、文体や雰囲気はとても優しくて読みやすいです。

③本の要約

(1)はじめに

しんどい社会の規範からは逃げればいい。「普通」は五十年前くらいの昔の価値観から来ていて、今の社会に合ってないこともある。だから、自分の好きな生き方を考えてみよう。今は自由に生きることができる時代なんだ。

(2)働きたくない

人は外部に影響を与えたり、変化をさせることに喜びを覚える生き物だ。仕事で成果をあげたり、ゲームでドラゴンを倒して嬉しいのも、変化する世界の反応を楽しんでいるからだ。だから、影響を及ぼしたい世界が仕事であっても、ゲームであっても、偉いとか正しいというものはない。自分はどんな世界と関わりたいのか考えて、その適度な距離感を測りながら生きていくといい。

(3)家族を作らない

「家族」は戦後の高度経済成長モデルの中で誕生した結構新しい概念だ。これは現代のシステム上ではうまくはまらないこともあるし、人はムラとかシェアハウスとかで生きることもできるので、家族の形式に捉われる必要はない。人間にとって大切なのは孤独にならないことだから、そのためにどうしたらいいかを考えて、好きなように人と関わって生きていけばいいと思う。

(4)お金に縛られない

自分の価値基準を持てば、お金を使わなくても生きていける。料理や読書などお金をかけなくても楽しめることはたくさんあるからね。それに、お金は何かを得るためのツールでしかないから、そもそも自分が何を得たいのかを知ったほうがいいと思う。他人と比較せず自分の感覚や感情に素直になって、探してみよう。

(5)居場所の作り方

人は「ここにいてもいいんだ」っていう居場所を求めて活動している。その居場所が一つしかないと上手くいかなくなった時に大変なので、複数持つといいと思う。いろんなコミュニティに顔をだしてセーフティネットを広げておこう。

(6)本書のまとめ

世の中は少しずつしか変わらない。一人一人が何かに気づいて行動し始めることで変わっていくものなのだ。だから、周りと違うことを恐れたりせず、好きなことをやったらいい。

〇本書のメインメッセージ

「周りをを気にせず自分の幸福を考えて生きよう」

④本の感想

(1)この本の面白い部分

●読んでいて思考が加速する

この本を読んでいると色々なアイデアが浮かんできます。それは、phaさんの本が思考の余地を残した優しい文体だからだと思います。本書のメッセージはは示唆深いのですが、どれも「やってみたらどうだろう」という感じで何か優しい。心地よい問いかけをたくさん行ってくれる本でした。

●研究対象となるような新しい時代の生き方をしている

phaさんは和歌山県熊野と東京を一か月で行ったり来たりする生活を送っています。都会と田舎のいいとこ取りの暮らしをしているんですね。これって「持続可能な社会の研究」の調査対象となるような生活なんです。
資本主義社会では、お金のあるところにあらゆるものが集まります。都市が発展すればするほど、農村にはヒトやモノが行きわたらなくなり衰退していきます。それを防ぐために、どのようにして都市部と農村両方の発展を実現するかということを研究者達が考えています*2。その一つの打ち手として注目されているのが「都市部と農村部への定期滞在」というスタイルなのです。そのようなホットな概念を、自分で幸せな生き方を考えた結果として勝手に行っているphaさんって、面白い。

見田宗介氏による解説がエレガント

本書には社会学者の見田宗介*3による解説がついています。これも簡潔ながら面白い。貨幣経済の誕生から現代の社会システムの歪を、仏教の根本思想から紐解くという...。最後に書いてある「pha」という言葉の解釈もエレガントでその秀逸さに笑ってしまうので、ぜひ買って読んでほしいですね。

(2)本を読んで考えたこと

●お金持ちの恩恵も忘れてはいけない

本のメッセージを受け取る前に、資本主義とそのシステムを支える大企業達の恩恵も忘れてはならないな、と思います。生きていくのに困らない公共財やサービス*4は税金によって支えられています。その税金を支えているのは、大企業やそこで働く高年収なサラリーマン達です。いくら脱資本主義的な発想をしようとも、彼らのおかげで我々の生活があることは心にとめておかねばな、と思います。

もくもく会なるものをやってみたいな

本書で紹介されていた、「もくもく会」、むちゃくちゃいいなと思いました。もくもく会とは、喫茶店とかに集まって、後はひたすら自分の作業に没頭するという会です。人間、一人でいるのは寂しいから誰かと会いたいけど、やることが決まっていると息苦しいからという趣旨で開催されています。これ、ぼっちにむちゃくちゃ良い。ぼっちって、何かと自分都合で物事を進めたくて、群れることを意味嫌うくせに、人との触れ合いはやっぱり求めたくなるんですよね。僕もホントそうで、大学は一人行動が多く、下手すると誰とも会話せず帰ることもある。でも、なんか寂しい、誰か話相手になってくれ~って思うこともあります。大学でもくもく会をやろうかな。

●世の中は少しずつしかは変わらないから、意識の高い*5活動にも意味がある

本書のメッセージでも特に好きなのは「世の中は少しずつしか変わらない」です。自分の問題意識や考え方がすぐ社会全体に浸透しないけど、時間とともに広まっていきます。
phaさんが作中で言うように、現代は侍が平気で人を切ったりしていた時代に比べれば、大分自由で過ごしやすい時代になったけど、まだまだ暮らしにくい部分もあります。じゃあ、その苦しい部分を取り除くために世の中を劇的に変えられるのかというと、やっぱりそうはいかない。歴史を振り返ってみれば、今当たり前になっている考え方や概念は長い時間をかけて定着したものがほとんどなんです。誰かが最初に気づいて提唱し始めたことが、時間をかけて多くの人に咀嚼され、やがて当たり前となるというサイクルを重ねて、少しずつ社会は変容していきました。だからこそ、「意識高いよね。そんな意味のないこと、なんで頑張ってるのさ。」と言われるような活動にも意味があるのではないでしょうか。そういう「意識高い人の出現」も、長い歴史の中で見れば、空気が変わり始める一場面の一つ。大衆と違う意識をもって活動し始めると、あまりの伝わらなさに絶望するかもしれないけど、それも一つの転換点に貢献している証拠だと思えばいいんです。

⑤こういう人におススメ

今後の生き方を考えてみたい全ての人におすすめ

どんな人にもおすすめできます。エコ系の本や思想が好きでたくさん読んでいる方でも、phaさんのようなスタンスでの語りや生活の仕方は新鮮だと思うので、おすすめできます。さらっと読めますし、色々な本の紹介載っているという実用的な面もありますしね。
特に、これからの生き方を考えるシーンに立つ、就活生や転職を控えた方などにはよく刺さる本だと思います。ぜひ読んで、自分にとって一番豊かなライフスタイルは何なのか、ぜひ読んで考えてほしいですね。

*1:twitter.com

*2:都市と農村の相互作用システムの構築と豊かさの創造 | 研究プロジェクト一覧 | 研究プロジェクト | 総合地球環境学研究所

*3:見田宗介という人は、とても理論的でありながら壮大なビジョンを描くロマンチストでもあり、その巧みな文章や発想や論理展開は余人が真似できるものではないという、日本の社会学における伝説のような人だ。」<持たない幸福論>p214より。

*4:道路などのインフラや社会保険などのサービス

*5:ここでは「意識高い」を「普遍的な価値観やスタイルから離れた考え方や行動」という意味で使います。

読書初心者とこれから本を読み始める人へ「読書は『アウトプット』が99%」【書評】

アウトライン

  1. はじめに
  2. 本の概要
  3. 本の要約
  4. 本の感想
  5. こういう人におススメ

はじめに

 最近、本を読む習慣がついたものの、読んだだけで終わっているコトに歯がゆさを感じていました。そうなると、せっかく本を読んでも「これでいいのかな」という気持ちがついて回ってくるんです。もっと自信をもって気持ちよく読書をしたいと思い、手にとった本が「読書は『アウトプット』が99%(藤井孝一)」です。 

 

本の概要

 本書は、経営コンサルタントの藤井孝一氏が、本の選び方からアウトプットの仕方までを説く読書法の本です。タイトルは「アウトプットが99%」とやや極端ですが、実際の中身はそれほどアウトプットに依って書かれているわけではありません。5章だてで、アウトプットについては2章分、その他普遍的な読書法については3章分割かれています。一般的な読書法の本だと考えてよいでしょう。特徴的なのは、ビジネスパーソン目線で読書の効能がたくさん語られているため、自己啓発を目的としても読むこともできる点です。

 

本の要約

①アウトプットを行なう意味

〈読んだ本が役に立つ〉

学んだ内容を発信することで、本で得た知見があなたの自身の血肉となります。本の内容をアウトプットすることで、本の付加価値をより高めることができます。

〈知識から知恵を産む〉

本から得た知識は人のために活かしましょう。本を読んでアウトプットをせず知識ばかり蓄えていくと、他者を見下す頭でっかちな人になりかねません。読んで得たものを人に伝えましょう。そうすれば「知識」は「知恵」へと変わっていきます。

〈要約力がつく〉

本から学んだ内容をアウトプットする過程で要約力がつきます。本の内容を発信するためには、数百ページに及ぶ文章の中から、重要なメッセージや概念を選抜する必要があります。その過程で「1番大事なことは何か」を見極め言語化する力がつくようになります。
要約力はビジネスパーソンにとって欠かせないスキルです。コンサルの仕事においては、顧客の話を聞きながら、「1番のニーズは何なのか」「現状の問題点は何か」を理解し、かつシンプルに表現できる必要があります。アウトプットを意識しながら本を読むことで「この章で言いたいことは何か」考えるようになり、ビジネスに活きる要約力が身につきます。

②アウトプットの仕方

本のアウトプット方法は3つあります。

〈話す〉

本の内容を話してみましょう。友人に、今日の出来事を話すかのように本の話題を振ることが大事です。話すことでより鮮明に記憶されますし、自分が理解できていない部分も明らかになります。読書会に参加、あるいは自分で開催してしまうのも良いでしょう。

〈書く〉

本を読んでいる最中や読み終わった後、本の感想や考えたことを書いてみましょう。書くことによるアウトプットの仕方は、大きく3つに分けることができます。

(1)「本に書き込む」

本を読みながら考えたことや良いと思ったポイントを直接余白に書き込んでしまいましょう。実際に手を動かし、ペンを持ち、線を引き、自分の意見を書き込むことで、本の内容だけでなく、自分の意見や感情とセットで記憶することができます。

(2)「読書メモを取る」

本から学んだことや重要だと思ったことを紙に書き出します。本の内容全てが役に立つことは稀ですから、自分用の学びをまとめたノートを作っておくと復習しやすくなるでしょう。

(3)「書評を書く」

読んだ本の内容や批評をまとめて公開すれば、自分の記憶に残るだけでなく、他の人にも役立ちます。そして、他者を意識して文にまとめる過程で文章力も養われます。本の要約のコツは「何が書いてあったか」「そこから何を学んだか」「それをどう活かすか」をまとめることです。書評を公開する媒体は、ブログやメルマガやSNSなどを使いわけましょう。 

〈実践する〉

読書法や時間術のような本ならば、実践することがアウトプットになるでしょう。本の内容が直接アウトプットできるタイプの本であれば、「実践する」が1番理想の形です。

 ③本の選び方

〈文芸書を読もう〉

人の上に立つリーダーは、人を感動させ、人を動かす表現力を持っています。こうした人間の感情の幅や表現を学べるのが小説や伝記などの文芸書です。また、小説はその場面や情景を自分の頭の中に投影しながら読むため、想像力も鍛えられます。相手の気持ちを汲むためには、想像力が欠かせません。人の気持ちを掴み人を動かすには、文芸書を読んで感情表現力や想像力を鍛えましょう。

〈古典を読もう〉

古典は人間の本質やものごとの真理を捉えています。だからこそ、数百年、数千年に渡り人類に受け継がれているのです。すぐに陳腐化してしまうような流行りの本ばかり読むのではなく、長年に生きる知見を古典から得ましょう。

〈仕事に関係ない分野の本を読もう〉

自分を他人と差別化するために、人と違う勉強をしましょう。人と同じ本ばかりを読んでいても、発想や考え方は似通ってしまいます。そうなれば、いつまでも頭一つ抜けた発想をすることはできません。京セラの稲盛さんが「アメーバ経営*1」の手法を生物から得たように、日常的には普段触れない分野の本を敢えて読んでみましょう。 

④読書は人生を豊かにする

本には人生を変える力があります。筆者も、サラリーマン時代から「そんなに本を読んだって役にたたない」と言われながら、毎朝5時に起きて読書や学習を続けてきました。その結果、現在は独立し、起業家や中小企業のコンサルタントとして活躍しています。読書は最高のメンターなのです。いつも本によって励まされ、勇気づけられてきました。本ほど一つのテーマについて深く学び、考えられるコンテンツは他にありません。ぜひ、本の世界にどっぷりと伝わることの素晴らしさを味わってください。


※①~④の番号付は私が要約のために章立てしたもので、元の本の章立てとは全く異なります。

 

本の感想 

〈この本の面白いところ〉

 読書のノウハウだけでなく、サラリーマンを経て独立した作者の「サラリーマンたるもの本を読むべき」という、働き方に関する哲学が詰まっているのがいいですね。独立して働きたい、もっと成長したいというビジネス上の目標と、読書が繋がって書かれているので、読んでいてモチベーションが上がります。「サラリーマン時代は小遣いの5万円をほとんど本に使っていた」「朝5時に起きて読書の時間を作った」「会社員時代に中小企業診断士の資格を取った」というエピソードから作者の努力家ぶりが伺えます。

〈この本をどう活かすか〉 

特に役立つと思う部分は3つです。

一つは書評を書くための筆者なりのノウハウの紹介です。書評で抑える王道の流れが記載されていて、書評を書き始める人に役立ちます。もちろん、今書いているこの書評にも直に活かされています。

二つ目に、優秀な書評サイトや書評メール・マガジンの紹介です。これらは自分が普段触れない分野の本を買うのに役立ちます。自分で買う本はどうしても自分の嗜好に似通ってしまいますが、優れた書評サイトやメルマガは自分の読書の幅を広げるでしょう。

三つ目に、アウトプットについての筆者の考え方です。筆者は、「『小説』をどう仕事に役立てる?」という節の中で、

アウトプットの基本は、本の感想に終始せず、自分が何をどう学んだか、どう活かそうと思ったのか、自分なりの意見を加えるということです。

と述べています。この考え方には個人的に感銘を受けました。私は本を読み始めるようになってから、アニメやゲーム実況を視聴したいと思いつつも、「これは時間を浪費しているのかな」と思うこともありました。しかし、アウトプットを出すことをゴールとすれば、アニメのような媒体をインプットとしても、自分なりの論考を加えてアウトプットがだせれば、気にする必要は無いなと結論づけました。また、今度に見ているアニメの論考でも書いてみようと思います。


こういう人におススメ

本をまだ読んだことのない人や、本を読む習慣がつき始めた(1,2年くらい)方におすすめです。本を読み始めて1年経たないくらいの私には丁度刺さりました。ビジネス畑の方だからか、非常に読みやすい文章です。ノウハウも実践しやすいものがつまっていています。私は本が読む習慣がつく前に、読書法の名著「本を読む本*2」を大学の先生に薦められて読んだのですが、理解も実践も難しいと感じました。本を読み始めてまもない人が、普遍的な読書術を獲得するには「読書は『アウトプット』が99%」をおすすめします。逆に、本を読む習慣がついて数年たつような人には物足りないと思います。普段から本のアウトプットもできているような人は「本を読む本」や佐藤優さんのようなスーパーマンの読書法の本「読書の技法*3」を読むといいのではないでしょうか。

*1:アメーバ経営とは、現場の社員ひとりひとりが主役となり、自主的に経営に参加する「全員参加経営」といわれるものです。稲盛さんが経営に携わった京セラやKDDI日本航空など600社で導入され成果を上げています。(アメーバ経営 | 稲盛和夫 OFFICIAL SITE)より

*2:

 

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

 

 

*3:

 

読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門

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